紅葉&雪
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会社の木がいい色になってきました。
「紅葉サンダー」などとベニヤ艇のサンダーがけをしたのは3年前の今頃だ。なんだか懐かしいね。
http://bubunosuke2.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_85f5.html
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集まりがあって渋谷に行ったついでに川見物。
金杉橋の下を流れている「古川」は天現寺あたりで「渋谷川」と名前が変わる。で、名前通りに渋谷を流れております。
渋谷駅東口の歩道橋から渋谷川を眺めるの図。この橋=稲荷橋を境に上流は暗渠となっている。
東急東横店1階のエスカレーター。この下に渋谷川が流れているので地下を掘るわけにいかず、上げ底にした中に機械をおさめてあるそうだ。
先日、金杉橋を渡ったあと、家に帰って地図ソフトをまじまじと眺めていたら、いろいろなときに通るあの橋やあそこから見えるあの川が実は全部同じ川だった、と。まったく気にもとめずにいたあれやこれやが頭の中で結びついて、頭の中の地図の一部がぐぐっとかきかえられた気分なのでありますよ。
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インターネットで古い絵葉書を発見した。
双子島の辺りは今も昔もそんなに変わっていないことでしょう。
善知鳥崎辺りははずいぶん様子が変わっている。線路だったところが今は国道になっていて、海側に古い道路跡の石垣が少しだけ残っている。道路やトンネルができる前はなかなかの難所だったそうです。
↓はなかなか興味深い写真を見ることができて自分にとってはなかなか楽しい。
http://www.pocketbooks-japan.com/index.php/manufacturers_id/4/sort/1a/filter_id/1100
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ブックオフに持って行くべく本の整理をする。
読み終わった本は箱に放り込んでおき、いっぱいになったら仕分けをして、残す物は残して本棚におさめ、いらないものはブックオフ。残したから再び読むとは限らず、そういう本は次の機会にブックオフ行き。
本を読むのは電車移動の時、風呂に入っている時、トイレの中、寝る前の布団の中。すらすらと読めるものはすらすらと読むし、難しい物は2行飛ばしくらいで読むからそんなに時間がかからない。頭の中に残るものもあんまりない。ときどきは仕事に役立つと思われる本も読むけれど、こっちからあっちにするっと抜けていくような感じなので時間つぶしにしかなっていないと思われる。
BE-PAL別冊の「カヌーリバーツーリング入門」を見つけてしばらく眺める。これらは今のところ永久保存本。左が1989年、右が1992年発行のもの。カヌーを始めた頃に出たものでわくわくしながら読んだ本だ。ファルトボートインプレッションがあって、国産メーカーで取り上げられているのは1989年がフジタカヌーとリバースチール、1992年ではそれらに加えてクリーンテックスジャパン、ファルホーク、アクアミューズ。リバースチールはカヌーから手を引き、クリーンテックスジャパンのファルトは鈴春、ファルホークはモンベルに引き継がれ、アクアミューズはファルトをやめて、今も変わらずファルトボートを作っているのはフジタカヌーだけ。なんともいやはやな状況です。
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「よっぴいてひょうとはなつとやはあやまたずまとをつらぬいてそのわざのみごとさにけんぶつのひとびとどよめきけり」って感じです。
「笠懸」の的係となる。矢が命中したら的の板を交換するのが役目。
烏帽子に直垂、刀まで身につけて、重くはないけど、けっこう暑い。
的のそばに控えていると、ものすごい勢いで馬が迫ってくる。それはそれは大迫力。
一方、こちら↓はCtoCデッキからの眺め。浜の端から端までぐぐっと見ることができる特等席。
左写真がお手伝いの人々。的、太鼓、旗、扇などの係。見物のシーカヤックもたくさん来ていた。
笠懸が終わって着替えを済ませ、CtoCデッキでISOさんの「男の料理」をご馳走になる。みなさまにお茶だサラダだ、とあれこれと面倒を見てもらいつつおいしいものをいただき、そのままごろごろと寝転がっていたい気分。
http://ameblo.jp/cobaltblog-50/entry-10271587706.html
http://ameblo.jp/cobaltblog-50/entry-10271589835.html
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レンタルでこんなのを見た。
ボサノバの誕生にかかわったいろいろな人を取り上げているのだが、誰が誰やら混乱してしまい「ふ~ん」って感じだった。それでも、おじさんたちがギターを手にして歌っているのを見ているだけで十分に面白かった。
http://www.yamaha.co.jp/artists/specialarticles/005/report-01.html
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「モダンジャズ18」というのがこのセットの名前だそうだ。
18というのはバスドラムの口径が18インチだから。
材質はビーチ、サイズはバスドラム18×14、フロアタム14×14、タム12×8。
叩いた音が、ぽよよ~んとセット周辺を漂っているような、そんな感じ。
これまで入手した中古物は穴をあけたり、切断したり、エッジを削り直したり、あれこれといじくりまわしたが、このセットに限っては曲がっていたねじやフープを交換した以外は手をかけていない。ちょっとこのセットには穴をあける気にならない。
スネアドラムやシンバルも組み合わせ、セットとして眺めて楽しむの図。
離れて眺め、近づいて撫でさすり、ちょっと叩いてみたりしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
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ドラムの整理はだいたい終わり、整理すべき物はあらかた整理できた。
残したのはネギドラムの3点セット。これは当分の間、手元に置いておくことにした。
数年前に入手した中古品で、1975年製とのこと。
ネギドラムが創業して間もない頃のもので、板の張り合わせ部分とか内部の塗装とか、手作りな雰囲気がびしびし。最近のドラムではおよそお目にかかれない作りでしょう。
古いものだとありがちなことらしいが、口径が微妙に大きく、ヘッドきつめなのが欠点。ラディックのコーテッドヘッドが少し大きめの太鼓にもはまりやすいということなので、次にヘッド交換するときに試してみましょう。
それからヘッド交換をすると手が臭くなって困るのだが、原因はチューニングボルトらしい。ボルトに塗られたグリスが古くなって臭くなっているみたい。
ボルトの掃除と、全体の拭き掃除、金具磨き、そんなことをして長い夜を楽しむこととしましょう。一度にやると大変だからまずは12インチのタムを掃除。
①セットのうち、12インチタムと14インチフロアタム ②12インチタム ③タム内部。補強のためのレインフォースメントがついているが、隙間が空いていたりする。エッジも手加工っぽい。
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待ち時間は3時間くらい。
まずは昼ご飯。
あとは本を読んだり散歩をしたり。
午後の日差しが照りつける中、日陰を探してうろうろ。
何もすることがないという実に贅沢で困った状態。
4時過ぎ、シィラインの高速船「ほくと」が到着。
少し前に漕いできたところを眺めつつ、佐井まで1時間20分の船の旅。
行きはシーカヤックで岸近くを進み、帰りは高速船で沖からの眺めを楽しむ。素晴らしい。
仏ヶ浦は速度を落としてテープの観光ガイド付き。
太陽が沈むのと競争で佐井到着は5時40分。
佐井は秋祭りの最中。太鼓や笛をききながら、車を置かせてもらったスロープ近くの作業小屋まで歩く。
昼間の暑さが嘘みたいで肌寒いくらい。
これから晩ご飯食べて、脇野沢まで運転して、カペラを回収して、風呂にも入りたい。まだまだやることがいっぱい。一日が長いのう。
①ほたて刺身定食 ②「ほくと」到着 ③貝崎、向こうが大崎 ④焼山崎 ⑤牛滝入港 ⑥仏ヶ浦 ⑦⑧福浦入港 ⑨大魚島 ⑩願掛岩 ⑪⑫佐井港到着 ⑬高速船「ほくと」 ⑭日が沈むの図 ⑮車を回収する
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9/6、漕ぎ終わって艇庫に戻るとISOさん、姫丸さんがウッドデッキ張替え中。
少しずつ剥がして張り替えて、となかなか大変そうな作業です。
この後の様子はこちらで。
ガラス戸の向こうはエアコンや冷蔵庫もあるキャビン、デッキの下は艇庫。
艇庫では猫がくつろいでいたりもする。
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フェリー乗り場に行ってみると、「次の便は3時半、車が満車状態で余分なスペースを作れない、不知火2は積めない」って。あらら。ぼんやりと東京湾フェリーみたいな大きな船を想像していた私がぼけでした。
漕いで戻ることも考えたけどやっぱりねえ。
体ひとつで蟹田に戻り、車で不知火2を回収しに来ることとして時間までひたすら待つ。
ここらへんには時間をつぶせる場所が全くないのだな。
ものすごく退屈な数時間。
風も波もおさまってべたなぎの海、これだったら漕いで帰れたことでしょう。
ようやく時間になってフェリーで蟹田へ。
風に吹かれて海を眺めて、これはこれで快適な1時間。
蟹田到着は4時半。そこから脇野沢までドライブ。
蟹田~脇野沢、漕いで3時間、フェリーで1時間、車で4時間、脇野沢からの帰り道も長かったのう。
脇野沢でぼけぼけしたり長時間ドライブをしたりしているうちに、蟹田~脇野沢を漕いだことは遠い昔のできごとのように思われて、なんとも不思議な心持ち。
「むつ湾フェリーかもしか号」にシーカヤックをごろごろして積まれる方は、くれぐれも事前に予約をしておきますように。特殊手荷物扱いでそれなりになんとかしてくれることでしょう。
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5/25の夕方からドラムを叩く。
最近は興味の方向がカヌーに大きく傾いているけれど、ときたまドラムを引っ張り出す機会があって、実にありがたいことです。
奥の大き目のシンバルはSPIZZというメーカーのシンバル。
オールドKと呼ばれるビンテージシンバルを意識したシンバルだそうだ。
http://jp.youtube.com/watch?v=9-zoAJWpHZA
↑でシンバル作りを見ることができるが、シンバル職人のRoberto Spizzichino、気難しそうでもあり、なかなか楽しげでもある。
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下北半島の西岸。
九艘泊~牛滝の無人地帯の中間くらいにあり、国道まで続く道があるということだ。
車は途中までしか入れないので徒歩で山越え、だと。
「武士泊」でぐぐると↓が出てきた。
http://homepage2.nifty.com/enamik/starthp/other/taiheiki.pdf
「武士泊」はちょこっと出てくるだけだが、南北朝の時代にまでさかのぼって下北半島の歴史を知ることができる。なんだか話が大きいです。
向こうに見えるのが焼山崎、その先をずーっと進むと有名な仏ヶ浦。
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貝崎キャンプ場は数年前から使われていないらしい。
遊歩道が落石注意の通行止めなのもさることながら、いまやキャンプといったらオートキャンプなのだろう。
写真にあるものの他に建物が数棟。新し目のものあり、廃墟化したものあり。
昼間いた人々も引き払ってしまい、私ひとり。
艇から荷物を下ろして定時連絡。
携帯の柱が立つのに通話不能。
仕方ないので公衆電話のある九艘泊の集落まで遊歩道を往復。
津軽半島に夕陽が沈む。早く戻ってねぐらの準備。
まずは焚き火。それから晩ご飯。
だいぶ経って月が出てきてテント場を照らす。
延々と焚き火で遊び、眠くなったので10時就寝。
潰れかけたツェルトにもぐって寝袋に入ると、あっという間に夢の中。
目が覚めたのは3時半。
好きで早起きしたわけでなく、寒くて寝ていられなくなったのだ。
軽い小さなツェルトを持ってきたのが失敗で、時間とともに潰れが進み、おまけに結露がひどくて顔を濡らす。
耐え切れず、外に出て再び焚き火。明るくなるのが待ち遠しいのう。
だんだん明るくなってきて、朝飯食って、荷物の整理。
朝の散歩で集落まで。
遊歩道はこんなところが何ヶ所か。

九艘泊の公衆電話で定時連絡を済ませて、再びうちに帰ります。
落ちてるところには大岩ごろごろ。
思いがけず、風があり、行くか戻るか悩むところ。
展望台があるので長い階段を登ってみると、木が邪魔ながらも北海道も望めます。
どうしたものか思案しつつ2度目の朝飯。

2/10。朝方はなかなか寒かった。
夜の間にうっすらと雪。
考えあってここまで来たわけでもなく、例によってあちこちをまとまりなく見物する。
まずは九艘泊。行き止まりの集落で、牛滝までの海べりは無人地帯となっている。
少し歩いてみるか、と思ったが、貝崎キャンプ場までの遊歩道は落石注意の通行止め。
脇野沢に戻る途中で猿を見る。
ここらへんが猿の住んでる北限だそうだ。
大湊の護衛艦。
住宅街の向こうに軍艦と、なかなかに妙な取り合わせ。
それにしても軍艦は無駄がなく強そうだ。

大湊駅。鉄道の行き止まり。右は前の晩に撮った写真。
待合室にもホームにも客はおらず、次の列車はいつ来るのだろうか。
むつ市内、こういうのが好きな人にはたまらないであろう「日本特殊銅管」の廃墟。
大畑~大間崎は強烈に「冬の海」、「北の海」であった。
陸奥湾側とは景色のスケールが違いますな。
大間崎。
せっかくなので、まぐろ・いか・あわびの刺身定食みたいなものを食べる。
佐井~脇野沢のくねくね道は疲れそうなので、来た道を引き返すことにする。
同じ景色も反対から見れば、見え方が異なることでしょう。

これも好きな人にはたまらないものか。
未完成に終わった大間鉄道のトンネル跡があるらしい。
すこし先に橋脚。すごいところに線路を通そうとしていたのだな。
ここに限らず、あちこちに大間鉄道の遺構があるそうだ。
まさかりの形をした下北半島の柄の部分を南下中。
六ヶ所あたりの踏切。北も南も線路がまっすぐにどこまでも続いております。

「ほたて大橋」まで戻ってきた。もう運転するのに飽きてきた。
早く帰って布団で寝たいです。
よい季節になったら、今度は漕ぎに行ってみたいものだ。
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昼間、雪はたいしたことがないけれど風が強烈だった。
寒さもなかなかで鼻水が止まりません。
下は青森県の日本海側、深浦町の天気。今日は最大瞬間風速が31.8mだと。
海は大荒れ状態なことでしょう。
「シーカヤッカーズハンドブック」によれば風速16m~17m/sというと、「風力階級7 風速13.9~17.1m/s、明らかにノーマルなシーカヤッキング圏外」と書いてある。
一番強烈なのが、「風力階級12 風速32.7m/s~ シーカヤックからの見通しはゼロに近い。スターンからロープを垂らしスピードを遅らせて走るのが多分唯一の実際的な選択」ですと。映画の「パーフェクト・ストーム」みたいな状態を想像すればよいのか。
ところで、右のシャンプーの広告に目が釘付けになってしまったな。

天気予報はよくないけれど、とりあえず雪道を茂浦まで。
風が吹くと雪が舞って前が見えない。知らない道みたいな気分になってしまう。
「もうら・だいすきかいがん」は雪に覆われておりますな。
波は入っていないが、風が強くてえらく寒い。
いくらなんでも漕ぎ出す気になりません。
漕ぐのはあきらめて帰りましょう。

あちこちで海を眺めつつ帰ります。
ほたて大橋下、正立食堂近く、浦島マリーナ、どこに行っても冷える冷える。
野内川河口まで戻ってくると雪がやんで青空が広がった。
茂浦方面を眺めると、冬らしく、きりっとした景色です。
野内漁港にあった看板。木村さんのいうことはまことに正しい。
海をはさんで青森市の中心部。
海見物を終えて、再び雪の中を帰っていくのであります。
小網代湾の奥で見た穴が気になってインターネットで調べたら、戦争遺跡だったのだね。
小型の潜水艇や体当たり用モーターボートを隠しておいた穴があっちこっちにあるらしく、この穴もその仲間みたい。これはそれほど大きくないから「震洋」を入れていたものか。
「震洋」とはベニヤ板製のモーターボートに爆薬を積みこんで敵の船に体当たりする、という猛烈な兵器だそうで、敵が攻め寄せてきたら、あの穴ぼこからモーターボートが出発して、敵の船目指して走っていくことになっていたわけだ。
「魚雷艇学生」は、島尾敏雄が海軍に入って訓練を受け、「震洋」隊の指揮官となって部隊を率いて加計呂麻島に向かうまでを書いたもの。強烈な話のはずなんだけど、なんだか夢の中の出来事みたいに書いている。
「島の果て」、「出発は遂に訪れず」、「震洋発進」など、この本の続きの話があるらしい。